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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)594号 判決

控訴人 山本伊勢松

被控訴人 塚田信雄

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し別に昭和三十二年四月一日以降同年五月五日まで一箇月金三千三百七十七円の割合による金員を支払うべし。

控訴人のその余の請求を棄却する。

控訴人の当審における新たな予備的請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその四を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す、被控訴人は控訴人に対し東京都杉並区大宮前四丁目四七五番地四家屋番号同町三十九番の五木造瓦葺平家建住家一棟、建坪二十四坪七合九勺を明け渡し、かつ昭和三十二年四月一日より右明渡済に至るまで一箇月金三千三百七十七円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、なお仮に第一次請求原因に基く右請求が認定されないときは、予備的に訴外阿部素子に代位して右と同旨の家屋明渡及び金員支払の判決を求める旨申立て、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決及び予備的請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、控訴人訴訟代理人において、本件賃貸借は昭和三十二年五月五日限り解除により終了したものである。よつて原審認容の未払家賃金十四万千八百三十四円及び同年四月分の賃料金三千三百七十七円のほか、別に同年五月一日以降同月五日までの賃料及びその翌日以降本件家屋明渡済に至るまで一箇月金三千三百七十七円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。なお仮に従前主張の理由による家屋明渡等請求が認められないとするならば、控訴人は、予備的主張として、元の登記簿上の名義人阿部素子に代位して、被控訴人に対し、債務不履行により賃貸借が昭和二十九年九月一日解除により終了したことを理由に本件家屋の明渡及び右賃貸借終了の後である昭和三十三年四月一日以降右家屋明渡済に至るまで右同一割合による賃料相当の損害金の支払を求めるものである、すなわち、控訴人は阿部素子に対し昭和二十九年六月二十一日附で本件家屋につき所有権確認並びに所有権取得登記抹消請求の訴を提起し、同年七月五日附でその予告登記をしているのであるが、本件家屋の登記名義人阿部素子は昭和二十九年八月二十六日附内容証明郵便をもつて、被控訴人に対し、同年一月二十二日本件家屋の所有権を取得してその登記をしたから同日から同年七月三十一日までの家賃を同年九月一日までに八月分家賃と共に持参支払われたく、右期間内に支払がないときは、これを条件として、賃貸借契約を解除する旨通告したところ、被控訴人は右期間内にその催告にかかる家賃の支払をしなかつたので、被控訴人と阿部素子との間の本件家屋の賃貸借契約は右同日限り解除された、よつて控訴人は阿部素子に代位して被控訴人に対し本件家屋の明渡を求め、右解除の後である昭和三十二年四月一日から本件家屋明渡ずみに至るまで前掲賃料と同額の損害金の支払を求めると述べ、被控訴人訴訟代理人において、(一)被控訴人は訴外阿部素子に対し昭和二十九年八月二十七日家賃を現実に提供した(二)控訴人からなされた賃料支払の催告に対し被控訴人が応じなかつたのは、本件家屋の所有者が控訴人かどうか不明であり、賃貸人を確知することができなかつたからである(三)本件家屋の公定賃料が一ケ月三千三百七十七円であることは認める(四)控訴人の予備的請求はこれを争うと述べ、

立証として、控訴人訴訟代理人が新たに甲第十号証の一、二及び第十一号証から第十四号証までを提出し、当審における証人天利新次郎の証言及び控訴人山本伊勢松本人尋問の結果を援用し乙第十三、十四号証の成立を認め、同第十五号証の一ないし三は不知と述べ、被控訴人訴訟代理人が乙第十三、十四号証及び第十五号証の一ないし三(乙第十二号証は欠号)を提出し、当審における被控訴人塚田信雄本人尋問の結果を援用し、甲第十号証の一及び第十二号証から第十四号証までの成立を認め、甲第十号証の二は官署作成部分の成立を認めるが、その余の部分は不知、甲第十一号証は不知と述べたほかは、原判決の事実摘示に記載されているのと同じであるから、ここにその記載を引用する。

理由

控訴人がその主張の家屋を昭和二十八年十月一日以前から被控訴人に賃貸していたこと、その同年十月当時の約定賃料(公定価格による)が一箇月金三千三百七十七円であつたこと、被控訴人が同日以降昭和三十二年三月未日までの右賃料の支払をしなかつたため控訴人が同年四月二十三日被控訴人に対し書面をもつて控訴人主張のような右未払家賃支払の催告及びその不払を条件とする賃貸借契約解除の意思表示をなし右書面が当時被控訴人に到達したが被控訴人においてその支払をしなかつたことは、いずれも当事者間に争がない。

被控訴人は、右催告にかかる家賃の支払をしなかつたことにつき被控訴人に債務不履行の責はなく控訴人の右解除権は成立しない、のみならず控訴人の解除の意思表示は本件家屋の登記名義が阿部素子にあるときになされたものであるから被控訴人に対しその所有権のあることを対抗できず、右賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないと抗弁するので考えるのに、成立に争のない甲第一、二号、証甲第五、六号証、甲第八、九号証、甲第十号証の一、甲第十四号証(乙第一号証と同一内容)及び乙第一号証、弁論の全趣旨に照らし真正に成立したものと認める甲第三、四号証、当審証人天利新次郎の証言により全部真正に成立したものと認める甲第十号証の二(官署作成部分については成立に争がない。)当審における被控訴人本人尋問の結果によりその成立を認める乙第十五号証の一ないし三、原審証人森勝見、当審証人天利新次郎、原審及び当審における被控訴人及び控訴人の各本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を綜合すれば、本件家屋はもともと控訴人の所有であつたが被控訴人に賃貸して以来、特に当事者間に家賃取立払の約定があつたかどうかはしばらくおき、昭和二十八年九月までは控訴人が被控訴人方へ家賃の取り立てに来ていたこと、そして控訴人は予ねてから右家屋を被控訴人に売り渡したい意向で両者の間に交渉が続けられていたのであるが値段の折合ができないでいるうち、同年十月中控訴人が近所の材木屋という某(後記谷本雅夫と思われる)。を被控訴人方に同伴し、被控訴人方の家人に対し、右某に本件家屋を譲渡したから、今後家賃は同人に支払うよう伝えて行きその後、他にも本件家屋の買受人と称する者が被控訴人方に来訪し控訴人はその後一度も家賃の取立には来なかつたので、被控訴人は控訴人が本件家屋を他に処分したものと信ずるに至つたこと、被控訴人はその後昭和二十九年八月二十六日阿部素子の代理人弁護士天利新次郎から、阿部素子が昭和二十九年一月二十二日本件家屋の所有権を取得しその登記を経たところ阿部と被控訴人との間には本件家屋につき使用貸借契約も賃貸借契約もないから即時これを明け渡すべく、仮に使用貸借契約があるとすれば、本書面でこれを解除するから七日以内に明け渡せ、またもし仮に賃貸借契約があるとすれば、昭和二十九年一月二十二日から同年七月三十一日までの家賃を同年九月一日までに八月分の家賃とともに持参支払うこと、もし右期間内にその支払のないときは、それを条件として賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を受けたので、早速右催告にかかる家賃を持参して、阿部素子方を訪ね、同人にその受領を求めたが、同人はこれを受領せず、同人の指示により千代田区丸の内の同人の夫の阿部又三郎の事務所に同人を訪ねてさらにその受領を促したが同人はその前主であるという森勝見と折衝するよう指示してこれを受領せず、森と面談したところ同人は本件家屋は貸すわけにはいかないから五十万円で買つてくれ、買い取るまでの家賃は請求しないからと専らその買取のみを求めて同人もまた家賃を受け取らうとしなかつた、このような事実があつたので被控訴人はいよいよ本件家屋は控訴人の所有でないものと考えたこと、もつとも本件家屋につき阿部素子が所有権を主張するに至るまでの経過は、控訴人が昭和二十八年十月三十日本件家屋を訴外谷本雅夫に代金三十万円で売り渡し、谷本から更に森勝見を経て阿部素子が居住の目的で翌昭和二十九年一月二十二日これを買い受け、中間の登記を省略して同日その所有権取得登記を経由し、もつて前記のように被控訴人にその明渡を要求するに至つたのであるが、控訴人と谷本との間の右売買契約は同人が売買代金の内金十四万円を支払つたのみで残金の支払をしなかつたため、その後解除され、谷本の本件家屋の売却は右解除後のものであつて無効であるとの理由で、本件家屋の所有権をめぐつて控訴人から谷本及び阿部を相手方として東京地方裁判所に所有権確認並びに所有権取得登記抹消請求訴訟(昭和二十九年(ワ)第六三八五号)が提起され、昭和三十二年三月二十日右事件の原告たる控訴人勝訴の判決があり、阿部から東京高等裁判所に控訴を提起(昭和三十二年(ネ)第七四七号)したが、同年十月十四日控訴棄却の判決があり、同月三十日右判決は確定しし、本件家屋の所有権は控訴人に在ることが明らかとなつたけれども、被控訴人が控訴人から本件家屋の未払家賃の支払の催告及びその支払のないことを条件とする賃貸借契約解除の通告を受けた昭和三十二年四月二十三日当時は、右第一審判決があつて間もないころであり、被控訴人は森勝見から控訴人と阿部との間に訴訟が係属していることは聞かされていたけれども、右判決のあつた等の事実は知らず、しかも控訴人の右通告の書面(甲第二号証)にもなんらこのことを明らかにしたものがなかつたので、右通告を受けても、控訴人の当初の言動、本件家屋の買主と称する人達の出現、殊に登記名義人たる阿部素子よりの明渡請求等のあつた事実から、本件家屋の所有権が控訴人に在ることに疑念を持ち、本件家屋の所有権の帰属が明確でないことを理由として右通告に対し、控訴人がその所有権の帰属を明確にするならば直ちに本件未払家賃を支払うがその明確化がなされるまではその支払を保留する旨回答してその支払をしなかつたものであること等の事実を認めることができる。

右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、被控訴人は控訴人から前記賃料の支払催告を受けた当時、控訴人が本件家屋の真の所有者であり賃貸人たる地位を有することに疑を懐き、同人に対する右賃料の支払を躊躇し、催告期間を徒過したけれども、被控訴人をしてそのような疑念を懐き支払を躊躇させるに至つたのは、さきに控訴人が本件家屋を他に譲渡した旨被控訴人に告げ、実際にも右家屋につき谷本雅夫との間に売買契約を締結し、右売買はその後解除されたとはいえ、右催告のあつた当時は本件家屋の登記簿上の所有名義は、なお右谷本から森勝見を経て右家屋を取得したという阿部素子の名義になつていて控訴人には復帰していなかつたものであるのみならず、被控訴人はその以前登記簿上の所有名義人たる右阿部から本件家屋の明渡等の請求を受けていたのであるから、このような場合には、信義則上、控訴人が右賃料の催告及びその不払を条件として賃貸借契約解除の意思表示をなすに当つては、改めて登記その他の方法によつて控訴人が依然として本件家屋の所有権を有し被控訴人に対し本件賃料債権を行使しうべき地位に在ることを明らかにしたうえこれをなすべきものというべきところ、控訴人はなんらそのことなくして突如前記賃料支払の催告をなしかつその不払を理由に本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたものであるから、右契約解除は信義に反し無効というのほかはない。

よつて控訴人の本訴請求中、右賃貸借契約が解除されたことを前提とする本件家屋明渡の請求及び賃料相当の損害金の支払を求める部分は理由がないので、棄却すべきである。

予備的請求について

控訴人は、予備的請求として、本件家屋の元の登記簿上の名義人阿部素子に代位して、被控訴人に対し債務不履行を理由に本件家屋の明渡等を求める旨主張しているが、控訴人は債権者代位権の要件事実につき何ら主張立証するところがないから、控訴人の右予備的請求は排斥を免れない。

次に、控訴人は原審認容の合計金十四万千八百三十四円の賃料(原判決理由中この金額につき昭和二十八年十月一日から昭和三十二年四月末日までとあるのは昭和二十八年十月一日から昭和三十二年三月末日までの誤記と認める。)及び昭和三十二年四月一日以降同月末日までの賃料(原審は右四月分賃料の認容を遺脱している。)のほかに、当審において、さらに同年五月一日以降控訴人が本件賃貸借契約解除の効力発生時期と主張する同年五月五日までの賃料の支払をも求めているところ、当裁判所は右請求をすべて正当として認容すべきものと判断する。その理由は原判決が右金十四万千八百三十四円の賃料請求を認容すべきものとして説示した原判決の理由の記載と同一であるから、ここにその記載を引用する。(ただし右記載中記録一〇〇丁表四行目から五行目の「原告が契約解除の効力発生時期と主張する」までの部分は削除する。)

以上説示のとおりであるから、原判決中控訴人敗訴の部分を主文第二項のとおり変更し、なお当審における控訴人の新たな予備的請求は失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条及び第九十二条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

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